スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

仇討ち 7

松本氏は見舞いには行ったが、病人には会わなかったという。

すでに死んで葬った人に会うことは出来ない。

これは、後に義徹に引き立てられた彦根の八木原少将の談話である。

このように一応病気の態にしたのは、ちょうど彦根藩が
大老の首と胴体を接ぎ合わせて、しばらくの間病気と発表して
御家断絶を免れたと同じ手法である。

水戸では病気と発表はしたが、斉昭が刺殺されたという真実は
次第に家中に広まり、なぜ犯人を捕らえなかったのか、
ということは、宿直の士の責任になり、殿中、市中警備の手落ちとなり
また、水戸武士の名折れとも口惜しがられたのである。

そこで、相手は短筒を持っていたとかの言い訳や
闇の中を追い回して池に落とした
などという武勇伝が作り上げられたのであろう。

そして、肝心の生国、氏名、処刑はうやむやにぼかされてしまった。

物語は作り上げられるが、
そういう確実性のある証拠は作られないからであるie528.jpg

スポンサーサイト

コメントの投稿

Secre

プロフィール

ゆかりん

Author:ゆかりん

最近の記事
カテゴリー
過去ログ
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索
RSSフィード
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。