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仇討ち 4

また、犯人を捕らえたという説もある。

しかし、捕らえたのであれば処刑したであろうが
その記録も残っていない。

また、この仇討ちをした者の名前、生まれた国、出身の藩の名前も
まったくない。

当時、貞義と則経の家にはすでに両親はなく、貧乏のどん底にあった。
足軽では、水戸への旅費にも事欠いたであろうに
当時、舶来で高価な短筒が買えるわけがない。

当時の短筒は、一発必殺の武器でもなかった。

足軽風情で殿の仇を討とおうと、他の藩の殿様を命を貰う
悲願をかけた程の青年、貞義であれば、自らの剣に運命を託すのが
自然の成り行きだと思う。
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