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仇討ち 2

そこで、剣の一番たつ、長兄 貞義は当時二十歳前後になっていたので
脱藩して、単身密かに水戸へ出奔した。

彼は、水戸邸内出入りの庭師の手伝い人として
その邸内に入り、斉昭の屋敷内外の形状を探った。

又、旧暦8月15日(新暦9月29日)は、例年 中秋の名月の宴が
奥殿で開かれるのを知った。

すなわち、酒宴の前後は烈公斉昭も宿直(とのい)の士も
酔うて警戒が手薄になるであろうと察し

その時期をねらうべく、奥殿の床下に隠れること、4日3晩だった。

後に記す、水戸の記録によれば
15代将軍慶喜の父である斉昭は、その頃肺を病んでいた。

その日の夕刻、御殿医が診察したところ
身体の具合、良好ということで心おきなく酒宴に臨んだ。
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